各PLCメーカーにおけるStructured Text(ST)の比較徹底ガイド
― Siemens、Mitsubishi、Omron、Rockwell ―
1. はじめに
製造現場や産業制御の自動化において、PLC(Programmable Logic Controller)は不可欠な存在です。
その中でも、IEC 61131-3で定義されたプログラミング言語群のひとつであるStructured Text(ST)は、
可読性が高く複雑なロジックも明快に記述できるため、近年ますます採用が進んでいます。
しかし一口にSTといっても、各PLCメーカーによって実装や開発環境、思想に違いが存在します。
この記事では、世界の主要4大PLCメーカーにおけるSTのサポート状況を、文法・環境・機能・設計思想など多面的に比較し、
STを本格導入する際の判断材料を提供します。
2. 比較するPLCメーカーとシリーズ
メーカー名 | 主なPLCシリーズ | ST言語の呼称 | 開発環境 |
---|---|---|---|
Siemens | SIMATIC S7-1500/S7-1200 | SCL(Structured Control Language) | TIA Portal |
Mitsubishi Electric | MELSEC iQ-R/iQ-F | Structured Text | GX Works3 |
Omron | NX/NJシリーズ(Sysmac) | Structured Text | Sysmac Studio |
Rockwell Automation | ControlLogix, CompactLogix | Structured Text | Studio 5000 Logix Designer |
3. 各メーカーのStructured Text詳細解説
3.1 Siemens(シーメンス)
呼称:SCL(Structured Control Language)
ST仕様:IEC 61131-3に準拠(Pascalライク)
特徴1:関数・モジュール設計に優れる SiemensのST実装は関数指向が強く、FB(Function Block)、FC(Function)を前提とした構造化が必須です。 特に大規模プロジェクトでのメンテナンス性が高く、処理を細かく分離した設計が推奨されます。
特徴2:TIA Portalとの統合性 TIA Portalでは、STコード、ハード構成、HMI、デバッグ、トレンドグラフなどが1つのプロジェクトで完結。
STだけでなくPLC全体の開発効率が非常に高い。強み
- モジュール性と再利用性の高い設計
- 変数のデータ型、UDTの活用が豊富
- 外部ファイルとの連携やエクスポートが強力
3.2 Mitsubishi Electric(三菱電機)
呼称:Structured Text(ST)
ST仕様:IEC 61131-3準拠(一部独自構文あり)
特徴1:ラダー文化との共存 Mitsubishiの最大の特徴は、長年にわたるラダー主流文化とSTの融合にあります。
GX Works3では、ラダー → STへの切り替えや、同一プロジェクト内での併用が自然にできます。特徴2:デバイスアドレス主義 X0, Y0, D0, M100といった日本独自のデバイス記法が今も根強く、
ST内でもD0 := D0 + 1;
のように使われます(変数宣言も可能だが併用されがち)。強み
- 日本語マニュアル・教育資料が非常に豊富
- 国内設備との互換性が高く、現場視点の設計が可能
- 通信設定やシリアル制御などSTから操作しやすい
3.3 Omron(オムロン)
呼称:Structured Text(ST)
ST仕様:IEC 61131-3完全準拠+Sysmac拡張構文
特徴1:フルタグベース設計 変数はすべてグローバル/ローカルタグとして管理され、I/Oピンですら「名前」でアクセスします。
MotorOutput := TRUE;
のような可読性の高い記述が可能。特徴2:複雑な装置制御にも対応可能 モーション制御やセーフティPLCとの連携をSTだけで記述できるため、 タイミング制御、リトライロジック、エラー分岐などをロジカルに管理できます。
強み
- Sysmac StudioのUIが近代的で扱いやすい
- ライブラリ管理や構造体設計に強い
- EtherCAT, IoT通信との統合がスムーズ
3.4 Rockwell Automation(ロックウェル)
呼称:Structured Text(ST)
ST仕様:IEC 61131-3準拠(英語圏ベースの思想)
特徴1:完全なオブジェクト指向志向 タグベース、ユーザー定義型(UDT)、命名規則、パラメータ付き関数など、
RockwellのSTはC++やC#に近い設計感覚で開発できます。特徴2:Studio 5000の論理設計が強力 タスクの分割、サブルーチンの構造化、定期タスクと割り込み処理など、
プロセス・バッチ制御にも適したフレームワークが整備されています。強み
- 多階層構造と構造体の設計が豊富
- 英語ドキュメントが充実(北米・中南米の標準)
- バージョン管理や複数人開発の機能が比較的整っている
4. 開発環境と設計思想の違い
観点 | Siemens | Mitsubishi | Omron | Rockwell |
---|---|---|---|---|
コーディング流儀 | 関数指向 | ラダー併用 | タグ設計ベース | OOP志向 |
ラダーとの親和性 | ◯ | ◎ | ◯ | △(併用非推奨) |
タグ vs アドレス | タグ推奨 | アドレス主流 | 完全タグベース | タグベース |
マルチ言語対応 | ◯(英語+多言語) | ◎(日本語充実) | ◎(日本語+英語) | △(英語中心) |
IoT/通信との統合 | ◯ | △ | ◎ | ◯ |
OOP的プログラミング | △ | △ | ◯ | ◎ |
5. まとめ:どのメーカーを選ぶべきか?
目的/重視点 | おすすめメーカー |
---|---|
関数分離・大規模制御 | Siemens(SCL) |
国内現場との親和性、設備連携 | Mitsubishi Electric |
モーション制御・可視化・UI重視 | Omron(Sysmac) |
論理構造、OOP志向、英語ドキュメント | Rockwell Automation |
6. 最後に
STはPLC開発における“ロジックの本質”を担う重要なパートです。
しかし、同じSTでもメーカーごとに“文化”が異なるため、
その違いを理解せずにプロジェクトを始めると、思わぬ落とし穴にハマることも。
本記事をもとに、自社の設備・開発体制・目的に合ったST環境を選択してください。
参考リンク
- Siemens – TIA PortalとSCL概要
- 三菱電機 – MELSEC GX Works3 製品ページ
- オムロン – Sysmac Studio 製品情報
- Rockwell Automation – Studio 5000
7. おすすめの次のステップ
Structured Textの比較を理解した今、次は以下のようなアプローチを検討してみてください:
✅ 実機 or エミュレータで試す
- 各メーカーは体験版やシミュレータを提供している(例:CODESYS, MELSOFT, Sysmac Studio Evaluation)
- 同じ制御ロジックを各環境で書いて比較してみるのが理解の近道
✅ 小規模な制御タスクで試用
- ランプ制御、トグルスイッチ制御、タイマー処理などをSTで書いてみる
✅ ラダーとの併用パターンを設計
- とくに三菱・オムロンなど、ラダーが強い文化では併用設計が現実的
✅ チームで標準化を進める
- プロジェクトに複数人が関わる場合、STの書き方ルールや命名規則を統一しておくと混乱を防げます
8. 最後に一言
Structured Textは、単なる「PLCで書ける言語」ではなく、装置制御とソフトウェア設計の融合点です。
メーカーによって習熟コストや得意な用途が違うからこそ、自社の要件に合った環境を見極めることが成功の鍵になります。
STで迷ったら、文法より「思想」を見よ。
この言葉を合言葉に、次の制御プロジェクトに進んでいきましょう。