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DPDKとは何なのか?

DPDKとは何か?

〜モダンな通信処理を支える“超低レイテンシ”データプレーン技術〜

1. はじめに:ネットワークは「ソフトウェア」で動く時代へ

かつて、ネットワーク処理(パケット転送やルーティング)は専用ハードウェア(ASIC, FPGA, NPU)が担っていました。
しかし、クラウド・NFV(Network Function Virtualization)・5Gの登場により、ソフトウェアで通信を処理するニーズが爆発的に増加しました。

その中核にあるのが DPDK(Data Plane Development Kit) です。
DPDKは、Linuxなどの汎用OS上で「ハードウェア並みの通信性能」を実現するための高速パケット処理フレームワーク
カーネルを迂回して直接NICとやり取りするという設計思想が、モダンネットワークの基盤を支えています。


2. DPDKとは

DPDK(Data Plane Development Kit) は、Intelが開発し、現在はLinux Foundation Networking傘下でメンテナンスされている
ユーザ空間で動作する高速パケット処理ライブラリ群です。

✅ 主な目的

  • パケットI/Oの高速化(Kernel Bypass)
  • ユーザ空間でのゼロコピー処理
  • CPUキャッシュ効率を最大化する並列設計

✅ 主な特徴

項目 内容
開発言語 C(ユーザ空間ライブラリ)
動作環境 Linux, FreeBSD, Windows一部対応
NICサポート Intel, Mellanox, Broadcom, Virtioなど
主な利用分野 NFV, SDN, Router, vSwitch, Firewall, Load Balancer

3. DPDKの構成要素

3.1 Poll Mode Driver (PMD)

カーネルドライバではなく、ユーザ空間で動作するNICドライバ
NICのリングバッファを直接ポーリングし、割り込みを使わないことで遅延を削減。

3.2 Hugepage Memory

DPDKでは大きなページメモリ(Hugepage)を利用して物理メモリを直接管理。
ページテーブルのオーバーヘッドを減らし、DMA(直接メモリアクセス)効率を向上。

3.3 Ring Buffer / mbuf

パケットを表すデータ構造(rte_mbuf)をリングで管理。
複数コア間で効率的にパケットを受け渡し可能。

3.4 EAL (Environment Abstraction Layer)

OS依存部分を抽象化し、スレッド管理・メモリ割り当て・CPUピニングなどを担当。


4. カーネルバイパスとは?

通常のLinuxネットワークスタックでは:

NIC → Kernel (Driver, TCP/IP Stack) → User App

この経路で、割り込み・コンテキストスイッチ・コピーが何度も発生します。

DPDKでは:

NIC ↔ User Space (PMD) ↔ App

カーネルを完全にバイパス
ユーザ空間が直接NICバッファにアクセスするため、1パケットあたりのレイテンシが数μsレベルにまで短縮されます。


5. どのくらい速いのか?

処理方式 PPS (Packets per Second) 備考
Linux Kernel Stack ~1M PPS 標準的なネットスタック
DPDK ~15M〜100M PPS 10〜100倍高速
XDP/eBPF ~10M〜20M PPS カーネル内高速経路

DPDKは生パケット処理性能では依然として最強クラス
そのため、仮想スイッチ(OVS-DPDK)や商用ロードバランサが採用しています。


6. コード例:DPDKでの最小パケット転送ループ

以下は典型的な“Hello DPDK”の最小構造です。

#include <rte_eal.h>
#include <rte_ethdev.h>
#include <rte_mbuf.h>

#define RX_RING_SIZE 128
#define TX_RING_SIZE 512
#define BURST_SIZE   32

int main(int argc, char **argv) {
    rte_eal_init(argc, argv);

    uint16_t port_id = 0;
    rte_eth_dev_configure(port_id, 1, 1, NULL);
    rte_eth_rx_queue_setup(port_id, 0, RX_RING_SIZE, rte_eth_dev_socket_id(port_id), NULL, rte_pktmbuf_pool_create("MBUF_POOL", 8192, 256, 0, RTE_MBUF_DEFAULT_BUF_SIZE, rte_socket_id()));
    rte_eth_tx_queue_setup(port_id, 0, TX_RING_SIZE, rte_eth_dev_socket_id(port_id), NULL);
    rte_eth_dev_start(port_id);

    struct rte_mbuf *bufs[BURST_SIZE];
    while (1) {
        const uint16_t nb_rx = rte_eth_rx_burst(port_id, 0, bufs, BURST_SIZE);
        if (nb_rx == 0) continue;
        const uint16_t nb_tx = rte_eth_tx_burst(port_id, 0, bufs, nb_rx);
        for (int i = nb_tx; i < nb_rx; i++)
            rte_pktmbuf_free(bufs[i]);
    }

    rte_eth_dev_stop(port_id);
    rte_eal_cleanup();
    return 0;
}

ポイント

  • rte_eth_rx_burst() / rte_eth_tx_burst()カーネルを介さずNICと通信
  • 一般的にこれをマルチスレッド+NUMA配置で最適化する

7. DPDKが支えるモダンネットワーク技術

✅ OVS-DPDK(Open vSwitch + DPDK)

仮想スイッチの定番。VM間通信やNFV基盤に使用。
クラウド基盤の低遅延化を実現。

✅ VPP(Vector Packet Processing)

DPDK上で動作する高速L3/L4スタック。
CiscoやFD.ioで開発、マルチコアで並列パケット処理。

✅ SR-IOV / SmartNICとの統合

NICの仮想機能(VF)をDPDKアプリに直結。
Kubernetes + DPDK Podなどの構成が一般化。

✅ 5G UPF(User Plane Function)

5G Coreでの高速ユーザプレーン処理は、ほぼDPDKベース。
→ 遅延要求10μs以下の環境に適用。


8. モダンな通信との関係:DPDKが変えた“ネットワークの常識”

DPDKの登場により、ネットワーク処理は「専用機」から「汎用CPU」へ移行しました。

時代 構成 代表例
2000年代 ASICルータ Cisco, Juniper
2010年代 NFV / SDN + DPDK OVS-DPDK, VPP
2020年代 クラウドネイティブDPDK Cilium + eBPF + DPDK, SR-IOV Pod

つまりDPDKは「ハードウェアに閉じていた通信処理をソフトウェアの開発領域に引き込んだ」技術です。
DevOps・クラウドエンジニアがネットワークをプログラム的に制御できる基盤となりました。


9. DPDKの課題と進化

課題

  • 開発難易度が高い(C/メモリ管理/NUMA対応が必要)
  • OS統合が弱いカーネル外で動くため管理・監視が複雑)
  • 電力効率・スケーラビリティの課題

進化

  • SPDK (Storage Performance Development Kit):DPDK応用でNVMeをユーザ空間から操作
  • AF_XDP / XDP/eBPFカーネル内でDPDK並の性能を狙う軽量技術
  • DPDK + eBPF Hybrid:制御プレーンをeBPF、データプレーンをDPDKで実現する構成も登場

10. まとめ

  • DPDK = カーネルをバイパスしてNICと直接通信する高速フレームワーク
  • 専用ハードを使わず汎用CPUで100Gbps級の通信処理が可能
  • NFV、5G、クラウドネットワーク、ロードバランサなどの中核技術
  • “ネットワークもソフトウェア開発の一部になる”流れを実現した立役者

DPDKは「通信処理をコード化する」モダンネットワークの象徴。
開発者がネットワークの性能を、プログラムでチューニングできる時代を切り開いた。


📚 参考リンク